駒場散策会
2008年6月14日(土)

文化委員が気象神社の下駄形の絵馬に「散策会晴天」とかけた願が叶って、 14日の散策会当日は梅雨の晴れ間の良い天気に恵まれました。   今回は、子どもたちの日本史の授業を担当されている蒲生先生が駒場の歴史をご案内くださるということで、 参加者は先生を含めて48名という大盛況となりました。 また、お父様にも2名参加していただきました。   東大正門に集合した参加者は、東大構内のレストラン「ルヴェ・ソン・ヴェール駒場」へ向かいました。 豚バラのビール煮、イサキのポワレ、ツナのクリームパスタのランチメニューにどれにしようか迷いつつ、まずはしっかり腹ごしらえ。

でも、実はレストランが開店する前に、レストラン近くの「駒場農学碑」と「一高 嗚呼玉杯之碑」をさっそく見学しました。 何度もレストランに来ていましたが、先生に教えていただくまで、この碑に気づきませんでした。   のちに東大農学部となった駒場農学校は、外国の技術を取り入れて日本の農業を進歩させるため、 はじめは英国、次にドイツの教師を招いたそうです。駒場野公園にある田圃はドイツ人教師ケルネルの名にちなんでケルネル田圃と呼ばれています。 この田圃から国際高校へと谷津が伸びていて、このあたり一体は谷津と雑木林という武蔵野の面影が良く残る貴重な一画とのことでした。


★蒲生先生に東大構内を案内していただく

★東大テニスコートの近くから湧き出す空川の流れ

また、本郷にあった一高は関東大震災後に駒場に移転。知恵の女神の象徴であるオリーブと、 軍神マルスの象徴である柏で文武両道を現す一高の校章は今も駒場東大正門の門扉に大きな透かし彫りとして掲げられています。 ただし、一高は第二次大戦後無くなってしまったので、一高の校章を引き継いでいる学校は存在しません。   加賀百万石の大名だった前田家も、本郷から関東大震災後に駒場に移転しました。


費用がかかりすぎではないかという批判があったものの、前田家は外国からの客人をもてなすためにこのような豪華な洋館と和館を建てたのだそうです。 毎週土日に内部が無料で公開されていますので、学校行事の折など、ぜひ一度見学してみたらいかがでしょうか。   蒲生先生は、秋に駒場渋谷周辺の歴史についての高校公開講座を予定されているとうかがい、そちらにも是非参加したいという声もたくさん上がりました。


★豪華な旧前田侯爵邸